《《《 Y's GALLERY 》》》


歌川広重・江戸百景カメラ散歩
【日本橋・京橋界隈編】

歌川広重の浮世絵を見ながら、各々思いを馳せて撮影する。

2020年11月28日に第3弾を開催。

歌川広重・江戸百景カメラ散歩の第3弾となる【日本橋・京橋界隈編】が終了しました。
今回はコロナ禍の中、9ヶ月振りとなるカメラ散歩でしたがの感染対策を充分に心掛けての催行となりましたがやはり参加者は7名と少ない人数でした。それでも日本橋界隈6カ所、京橋界隈2カ所の歌川広重が描いた浮世絵の世界を廻り各々が作品を残していました。


同じ場所で撮影しても参加者の個性や感性によってカメラを向ける被写体が異なります。作品は各々の感性が見事に表現されています。

※作品はクリックすると拡大表示されます。

歌川広重の浮世絵以外にも途中には日本銀行や日本橋魚河岸跡もありました。

広重の名所江戸百景だけが被写体ではありません。従来の下町界隈撮影会も踏襲しています。

「するかてふ

日本橋三越の前身の「越後屋呉服店」は駿河町の通りの両側を占拠する程の規模を誇っていて庶民の憧れの場所でもありました。町名の由来は富士の眺望が良ったのでその所在地である駿河国からとったと言われます。

岡本岩雄 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

「八つ見のはし」

手前の欄干の一部が見えるのが一石橋で別名「八ツ見橋」。この辺りは大きな濠が交差するため八つの橋が見渡せたと言います。

岡本岩雄 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

「日本橋雪晴」

海産物を満載した船が魚河岸へと向かう早朝の風景です。日本橋の北辺は「江戸の台所」として最も活気があった魚河岸でしたが明治以降は築地に、そして更に豊洲へ移って行きました。現在は魚河岸の記念碑が建っています。


岡本岩雄 作品

岡本岩雄 作品

此本武司 作品

此本武司 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

「日本橋江戸ばし」

日本橋の欄干越しに江戸橋の方角を望んだ浮世絵です。擬宝珠は格式の高い橋にのみ付けられていました。

岡本岩雄 作品

此本武司 作品

此本武司 作品

本郷三郎 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

「日本橋通一丁目略図」

江戸中期までは多くの物品を上方に頼っていました。近江、京都、伊勢等の商家が商業の中心地・日本橋に進出しました。浮世絵にある「白木屋」(東急百貨店の前進でコレド日本橋)も近江から進出してきた呉服店でした。

岡本岩雄 作品

石田研二 作品

「市中繁栄七夕祭」

江戸期の七夕は紙の短冊だけではなく、ひょうたんや西瓜、紙製の盃や硯等を軒高くかかげていました。浮世絵は八重洲辺りにあった南伝馬町の七夕の日の有り様を描いたとされます。

石田研二 作品

石田研二 作品

「京橋竹がし

日本橋を出発した東海道の行程で最初に渡る橋が京橋です。「京へ通じる最初の橋」というのが由来とされます。下を流れるのは江戸城の外濠と通じていた京橋川でしたが今は埋立てられその上を高速道路が通っています。

此本武司 作品

岡本岩雄 作品

石田研二 作品

石田研二 作品

「びくにはし雪中

江戸では食習慣の無かった猪の肉を山くじらと行っていました。浮世絵の「尾張屋」は猪の肉とねぎの煮込む鍋料理の店で、担ぎ売りのおでん屋、右側には薩摩いもを売る店が見えます。

石田研二 作品

広重・江戸百景カメラ散歩【日本橋・京橋界隈編】その他の作品

石田研二 作品

石田研二 作品



























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